学会誌目次データ

『年報カルチュラル・スタディーズ Vol.3(2015)

 

【目次】

カルチュラル・タイフーン2014基調講演

人種差別主義の廃墟のただ中にある多文化的コンヴィヴィアリティ  レス・バック(太田光海訳)

特集〈戦争〉

War Is Ordinary  小笠原博毅
戦争と文学と、「戦争文学全集」  陣野俊史
可動的系譜伝――マルジャン・サトラピのグラフィック・ノベルにおける密接性と流動性  マリー・トーステン(山内正太郎訳)
戦争を知らない詩人の戦争のうた――ディラン・トマスのラジオ  川島健
戦争が閃かす白人性――兵士、移民、シティズンシップ  ヴロン・ウェアー(栢木清吾訳)
戦争と「女性の活用」――「母」をめぐるメディア・イメージ  竹田恵子
三万回の「ラスト・ポスト」へ向かって――メニン・ゲートと第一次世界大戦の記憶  霜鳥慶邦
冷戦のカルチュラル・スタディーズのために―ロックフェラー史料館とアメリカ民間財団資料  辛島理人

投稿論文

チェルノブイリ事故後の放射能測定運動と民主主義 生活クラブ神奈川の実践を中心に  安藤丈将
deafness論の可能性へ――ろう文化論を聞こえない身体から考える  山下惠理
社会問題の構築とヒップホップの変容――映画『サイタマノラッパー2』を通じて  堀真悟
統治者は森林地域をどのように対象化したか――戦後米軍統治下沖縄本島北部地域へのまなざし 1945-1972年  森啓輔

書評/映画評

世界史と芸術論を架橋する革命的クリケット文化批評(書評:C・L・R・ジェームズ『境界を超えて』)  赤尾光春
〈闇の女〉に見る社会性、その広がりを描く(書評:茶園敏美『パンパンとは誰なのか』)  小路万紀子
「おはなし」を喚起する力(映画評:纐纈あや監督『ある精肉店のはなし』)  上村崇
忘れられた台湾野球の名誉と台湾人アイデンティティ-を取り戻す(映画評:『KANO 1931海の向こうの甲子園』)  黄柏瀧

研究ノート

パルクールと公共空間の認識変容  ドラガナ・ティントール

 


 

『年報カルチュラル・スタディーズ Vol.2』(2014)

 

[追悼 スチュアート・ホール]

理論化の手前でホールにかたりかける  毛利嘉孝

Stuart Hall and His Theoretical Legacy   Hiroki Ogasawara

 

[特集 レイシズム再考]

特集レイシズム再考  小笠原博毅

Cescent of Race: Charles Darwon’s Descent of Man, W. E. B. Du Bois’s “Double Consciousness”, and the Class Nexus of “Species-Being” and “Color Lne”  Manuel Yang

植民地主義とレイシズムーフランツ・ファノン「レイシズムと文化」を中心に  中村隆之

21世紀の人種主義を概念化する—社会学の諸議論を振り返って—  レス・バック(杉田真理子訳)

「観察者」が路上で怒鳴るまで—在特会へのカウンター活動取材と自己変容―  松岡瑛理

Lewsham ’77:people’s countah-attack  横山純

 

[投稿論文]

隠蔽する/占有される映画的身体—成瀬喜巳男『めし』における原節子の身体表象—  北村匡平

ハチ公像が時代によってどのように表象されたのか—戦前と戦後以降のハチ公像を比較して—  那波泰輔

ラディカル・アイヌ・ヒストリー—コスモポリタン文学としての知里幸恵『アイヌ神謡集』—  小野寺真人

分断社会の二つの歴史と共苦—北アイルランドのリパブリカン・コミュニティとロイヤリスト・コミュニティを事例として—  福井令恵

横須賀の表象と「占領の記憶」—YOKOSUKA・ヨコスカ・よこすか—  塚田修一

慈善事業による都市下層の近代家族化—二葉幼稚園から考える「社会的なもの」の可能性—  大石茜

運動の差異化を記録する—ドキュメンタリー映画『鬼ッ子』におけるベトナム反戦運動—  中村葉子

[セッション報告]  Anthro-film Laboratory in Cultural Typhoon 2013

映像と人類学のあたらしい関係—Anthro-film Laboratory—  田沼幸子

ビデオカメラとフィールドワーク—ドキュメンタリー『アナ・ボトル』制作の過程から—  森田良成

織機から響く生活の音—撮影と身体実践の往還が引き起こした感性への気づき—  伊藤悟

撮るか撮らないか、それが問題だ  田沼幸子

音、身体、イメージの新たな関係—Sensoryscape from Gondarのこころみ—  川瀬慈

 

[書評/ドラマ評] 

妄想社会主義へと潜航するための海図を描く<『海賊ユートピア 背教者と難民の17世紀マグリブ海洋世界』(ピーター・ランボーン・ウィルソン:著、菰田 真介:訳、以文社、2013年)>   小笠原博毅

いかにしてワトソン博士はアフガニスタンを夢になくなったか? <ドラマ評BBC制作「シャーロック(Sherlock)」(2010年〜)>  栢木清吾

[編集規定]    

[執筆者一覧・編集後記]

 


『年報カルチュラル・スタディーズ Vol.1』(2013)

 

[巻頭辞]

文化颱風の翼に乗って 吉見俊哉

 

[文化台風の歴史]

文化台風のあゆみ 田中東子

各大会報告

第1回 早稲田大学(2003年)伊藤守/第2回 琉球大学(2004年)多田治/第3回 立命館大学(2005年) 編集委員会/第4回 下北沢(2006年)周東美材/第5回 名古屋(2007年)編集委員会/第6回 仙台(2008年)坂田邦子・笹島秀晃/第7回 東京外国語大学(2009年)2009実行委員会/第8回 駒澤大学(2010年)テヅカヨシハル/第9回 神戸(2011年)栢木清吾/第10回 広島女学院大学(2012年) 上村崇

 

[論文]

カルチュラル・スタディーズの終わり 小笠原博毅

憲法試案という企てと脱国家—沖縄と広島と難民  新城郁夫

ミッキーマウスを解剖する—大衆文化論再考  清水知子

保証なき「スポーツの力」—脱ナショナリズム的スポーツ論に向けて  山本敦久

Managing transnational ethno-cultural flows and the international regime of cultural diversity  Koichi Iwabuchi

 

[投稿論文]

大学の危機とカルチュラル・スタディーズの意義—「一般の人々の主体性/能動性を重視する」という言明から—  山内勇人

さまよえるインド人—「駒形丸事件」と帝国の国境管理  栢木清吾

クリス・マルケルのOuvrirにみられる戦争の記憶  東志保

日本文化、資本主義、帝国主義—西田幾多郎『日本文化の問題』を巡って—  川村覚文

「中国のマティス」常玉とマティス作品の「中国化」—20世紀モダニズム絵画と中国画論—  二村淳子

1990年代京都左京区におけるHIV/エイズをめぐる市民活動—「主体化」の観点からの検討  竹田恵子

都市は誰のものか?—公共空間における野宿者排除と抵抗運動から考える  須納瀬淳

ラヴァーズ・ロックにおけるオーディエンスの身体技芸が黒人音楽文化に与えた影響  横山純

ユース・サブカルチャーズの卒業の変容—ギャル・ギャル男サークルからの引退を事例に—  荒井悠介

[編集規定]

[執筆者一覧・編集後記]