学術シンポジウム

(アンチ・)デジタル時代におけるカルチュラル・スタディーズと人文学

日時
7月12日(金) 17:00-19:00
会場
6号館7階 大会議室
使用言語
日本語

企画者

「先生、人文学って何か役に立つんですか?」

成瀬都香(東京経済大学)

司会者

本橋哲也(東京経済大学)

パネリスト

「デジタル時代における身体と知の変容」

西垣通(東京経済大学)

「<先住民>にとって知識とは何か」

深山直子(東京経済大学)

「人文学と制度」

西山雄二(首都大学東京)

コメンテーター

新自由主義によって教育はどう変わったのか

大内裕和(中京大学)

<大学独法化>以降

岩崎稔(東京外国語大学)


「先生、人文学って何か役に立つんですか?」成瀬都香(東京経済大学 学部生)

昨今の日本の大学生は省エネ志向であり、「無駄」を嫌う傾向にあるようだ。また私立大学の「専門学校化」「就職予備校化」が進み、学生は早い段階から就職を意識させられる。そもそも多くの学生は「在学中におもしろい学問をする」ためではなく、「卒業後に条件の良い就職をする」ために大学に入る。効率よく現代社会に適合し周囲に認められたいと望む学生らにとって、人文学的な問いは人生の足しにならない「おまけ」のようなものでしかないのかもしれない。別の言い方をすれば人文学に接近する機会と楽しみを奪われているとも言えるだろう。「先生、人文学って何か役に立つんですか?」場違いかもしれないこの問いこそ、今の人文学の研究教育において重要なのではないだろうか。

「デジタルICTと学び」 西垣通(東京経済大学 教授)

デジタルICTによる人間の知的活動の活性化が期待されているが、そこには明暗両面がある。たとえば、米国の大学ではオープンコースウェア(OCW)といって、著名教授の講義をネットで無料配信するという試みがおこなわれており、日本の大学にも追随する動きがある。知の民主化とも言えるが、ある意味では知の寡占化と画一化であり、さらに知のクイズ化や商品化を危惧する声もある。学びの基本である身体的交流を重視しつつ、デジタルICTを活用するにはどうすればよいのか。

「<先住民>にとって知識とは何か」深山直子(東京経済大学・准教授)

<先住民>とは仮に、知識の固有性に基づいて、植民地化により自分たちが劣位に置かれている現状の改善を図ろうとするひとびとだと捉えることができる。現代ニュージーランドでは、<先住民>マオリの多様な運動が結実した結果、二文化主義を国家理念に採用するようになり、近代科学の知識に並行して、マオリ固有の知識がある程度の法的・政治的・社会的力を持つに至っている。その過程でマオリの知識は、体系化・権威化を伴いながら変容しており、マオリ教育機関に典型例がみられるように、分離主義的・排他的性質を帯びる場合があり、植民地主義への抵抗という点でジレンマを抱えているようにみえる。

「人文学と制度」 西山雄二(首都大学東京・准教授)

近年、世界中の大学において、人文学の教育研究がその今日的な有意性や適切性を厳しく問われている。人文学の研究教育は、有用性や効率性、生産性といった経済主義的な論理には必ずしも適合しないため、社会的に蔑ろにされがちである。また、脳科学や生命科学などの発展によって、人間性の解明という役割は必ずしも人文学特有の使命ではなくなっている。電子編集・出版によってテクストの創作・公表・受容・批評がより身近になるなかで、人文学独自の研究教育の意義に影響が出ている。人文学をめぐる現状や課題を研究教育制度の問いとともに考察する。